子ども側から見た、合格して一番うれしかったこと

さて、話は戻って

先日の卒業生からの『大学受験に対する講話』での話です


受験自体は、わたしたちの頃と変わりません

取り組みはじめる時期も、勉強確保時間も わたしと何ら変わりませんでした

ただ。。。。合格した瞬間からは、わたしが当時。考えたこととは180度違いました


『合格を知った時に、何を感じたか?』という質問に

80%の生徒が【自分以上に喜んでいる親の姿が嬉しかった】と答えました


そんな事を我が子に言われたら、わたしならどうするのかな?

と聴いていて、涙が溢れそうになりました




わたしの自立は、大学に合格することから始まると、10代のほとんどを律していました

部活もしないで、休みの日でも外出することなく

家事と受験勉強を続けました

制服と、部屋着兼パジャマのジャージしか着たことのない

中高6年間を過ごしました


何の夢があったわけではありませんが、一刻も早く家を出たかったのです

闇雲に、出たところで無収入のわたしに、生活の糧はありません

食べさせてもらっている間は、家に尽くすのは当然のことです

納得しています

それでも、「勉強はしなくていい」という方針には疑問がありました

大学など会話にも一度も出てきませんし、高校も行かなくてもいいという雰囲気です

子どもながらに、危機を感じていました

冷や飯を食い続けるのが嫌なら、勉強するしかないと考えました


 流石に30代後半には、親にも素直に感謝するようにはなりました

不思議なことに、親に感謝するようになると

親の愛情を欲しがることも無くなりました

同時に、家への未練(こころの拠り所)も消えました


親子というよりも、大人同士の知人といった感じです


子どもを育てるようになって、『子どもの幸せ』というものを毎日考えます


考えても、考えても答えは出ません。。。。。


人間は、経験していないものを理解することはできないのでしょうか?


わたしは、幸せな子ども時代を見せてもらうことで、疑似体験をし

欠落している感覚を掴もうとしているのかもしれません


現実。24年前の初任の頃は、文化祭で盛り上がっている生徒の気持ちが全く理解できませんでした

部活命の生徒のことも理解できませんでした

放課後も休日も遊びまくっている生徒は、何のために遊ぶのか?

その意味がわかりませんでした


でも今は、文化祭で生き生きしている校内の空気に、ワクワクします

部活の練習をみて、感動します

遊びに意味など無用なことを理解しています

独りで頑張る必要がなくなったというか・・・

団体戦の楽しさを知ったというか・・・・・


我が子達の受験をサポートし、合格という結果を得た時に

わたしは、何を思うのでしょう・・・・・・


今から、楽しみだヽ(*´∀`)ノ

みつばち企画 〜後悔しない叱り方〜

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